冷たいお茶と手に入れたもの

銀狐ガチャ2026.01提出分。
全年齢向け。ネア、アルテア、ウィリアム、ディノ、ノアベルトがいます。

 アルテアが、細々とした一見実験器具か掃除用具かわからない、けれど時折きらきらした光をぷしゅりと吐き出す道具を、繊細な手つきで扱っている。
 周囲には、ネアが収穫したきらきらとした輝きを散らす指先ほどの琥珀色の実と、ついでに毟ってきたと言う香りの良い葉っぱと、アルテアの持ち出しで珈琲色の半透明な結晶を纏わせた棒、そして祝福を溜め込んでちかりとした光を時折浮かび上がらせる水がある。見ている間にざらりと小皿に載せられたのは夜の雫のようだ。
 「……よく見付けられたな。こいつは冬の祝福を内包した雪待ち薔薇の蜜の結晶だぞ。年に一度しか実をつけない上に、魔術抵抗値が低いと収穫できないものだ」
「狩りの女王の腕が良いのですよ!」
 瞳を煌めかせ、ネアが狩った獲物―雪待ち薔薇の蜜の結晶―は、アルテアの手元でちりちりと踊っている。
 雪待ち薔薇の蜜の結晶は、そのまま食べるには向かないが、精製してお茶にして飲むと、その年はほんの僅かに幸運な事が増えるのだと言う。そんな説明をしながら、アルテアは指先で繊細な魔術を使っているらしく、タクトを振るかのように手を動かしていた。
 やがて、ほんのりと薔薇とお茶の香りが漂い、からりと氷の浮かぶグラスに注ぎ分けられたお茶が、テーブルに乗せられた。
 冬の最中に、暖かい部屋で飲むアイスティーという贅沢に、ネアは思わず弾んでしまった。
「雪待ち薔薇蜜のスパークルティーだ。人数分あるからな。……弾むな」
「素敵に良い香りのお茶です!中で火花らしきものがぱちぱちしています。そして、弾ける度にしゃりんと音がする不思議なやつです!」
「……雪待ち薔薇の蜜の結晶が弾けて、因果が結ぶんだ。最後まで上手い事弾けさせれば、祝福結晶になる」
「……ほわ。とても不思議なお茶でした。何の祝福なのですか?」
 ネアが指先でつん、とグラスを突くと、ゆるりと揺れた水面が、火花を反射してきらきらと揺れる。そして、視界の端でアルテアが口の端を上げるのが見えた。
「む。もしや揺らしたら駄目なやつなのでは」
「そうだな、それはもう落ちるだろうよ」
 喉の奥で笑い、アルテアは毛の一筋ほども揺らさないままのグラスを手に取った。おそらくその祝福は有用なものなのだろうとそれで理解できた。
「せ、せつめいがなかったのですよ?すてきなしくふく……わた、わたしのしくふく……」
 見る間にしょんぼりとしてしまったネアに慌てたらしいシルハーンがさっと抱き上げ、その口に葡萄のゼリーを押し込んでいた。
「慌てるな。これはそう大した祝福じゃない。……そうだな、例えば転びそうになった時、運よく転ばずに済むという程度の幸運の祝福だ。手軽で見た目もこれだからな、案外好まれてはいるようだが」
「……そうだね、ネアには私の分をあげるよ。君が転んでしまったら困るからね」
「ぎゅわ……転ぶ事が前提なのです?」
「その程度の幸運という意味だ。転ばなくても、例えば手にした紙で指先を損なわない、うっかり棘が刺さらない、くらいのものだな」
「素晴らしい幸運ではないですか!」
「お前からしたらそうなんだろうな。次から勝手に触らないようにしておけ」
 ぼすりと頭に手を乗せたアルテアをぐるると威嚇し、ふと気付く。ウィリアムが一人静かにその火花を眺めている事に。
「……ウィリアムさん?お疲れですか?」
「……ああ、いや。懐かしいものを見たと思っていたところだ。シルハーン、ネアには俺の分の祝福をあげましょう。小さな幸運でも、積み重ねれば大きくなるでしょうから」
「ウィリアムさんはいらないのです?小さな怪我をせずに済むのでは」
「そいつは自分の手足を切り落とすくらいだからな、小さな怪我程度ではどうともしないだろうよ」
「言い方!駄目ですよアルテアさん。ウィリアムさんが少しでも怪我をせずに済むのなら、それは良い事だと思います」
「……そうだね、私もそう思うよ。ウィリアム……リンデルを手にしてからは、大きく損なわれてはいないようだけれど。君もこの祝福を持っていたら良いのではないかな」
「そうです!私の大事な騎士様ではありませんか。もう一杯飲めば良い事です。だからディノも、自分の祝福は自分用に取っておいて下さいね?」
「……いや、このスパークルティは年に一度しか飲めないからな?」
「ぎゃふ!何故最初に言わないのだ……」
「言う前にお前が突いたんだろうが」
「……ら、来年リヴェンジです!次回は絶対揺らしません!」
 会話の間にもちりんしゃりんと火花は散り、光の粒をお茶の中に撒いていた。そして徐々に小さくなると、輝く祝福結晶がほろりとグラスの底に沈む。
「む、終わりました」
「……おい、何故グラスを揺らしたお前のまで無事に結晶化しているんだ。しかも一番大きいだろうが」
「私のせいではありませんよ!でも祝福が大きいと良い事がありそうですね」
 むふん、と満足げなネアに、そしてネアを持ち上げたシルハーンに、このお茶を出してくれたアルテアに、ウィリアムは心の底から湧き上がる温かなものを感じていた。それはくすぐったくもあり、時に熱い。目の奥から込み上げる熱に、息が詰まった。
 終焉でも損なわれないもの。いつでもそこにあって、ウィリアムを否定しないもの。受け入れてくれるもの。

 それは、ウィリアムの思う恩寵ではなかったか。

 その夜、リーエンベルクの上空には瑞祥が浮かんでいたという。

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