キスの日SS

 死者の行列が解散した直後、廃墟の路地裏に連れ込まれたウィリアムと視線を合わせるように、艶麗な顔が近付いてくる。ウィリアムの顎を掴み、じわじわと唇を貪るのはアルテアだ。僅かな身長差も、ウィリアムが壁に押し付けられ、ずるずると押し負けてしまえば無いも同然となる。ウィリアムが僅かに見上げる形を取り、アルテアの形の良い唇が角度を変えて再び触れる。呼気を吹き込まれる。ああ、この熱が欲しいと、随分と長い事考えていた。死者の行列が形を成す以前から、ウィリアムがアルテアに拾われ、傷を修復された頃から、ずっと。
 変わらずに、アルテアの唇は甘く苦い。
「……は、ぁ……」
「息は継げるようになったな?」
 弄うような声に潜む、貪る獣性を感じ取り、ウィリアムの背筋が震えた。口付けられただけで、身体がアルテアを受け入れてしまっているのだ。抵抗など考える間もなく、支配を明け渡してしまっている。僅かに口を開けば、再びアルテアに塞がれる。唇の間からアルテアの舌が侵入し、ウィリアムの口腔を蹂躙するのだ。口腔内もまた性感帯である、と教えられたのは随分と前で、教えられて以降様々な嬲られ方を持ってウィリアムの身体に覚え込まされたのだ。
「ふ……んぅ」
 角度を変える唇の隙間から息を継ぐ合間に舌先を喰まれ、喉元から入ってきた指先に襟を緩められる。ああ、今夜も対価の支払いだろうか、と期待と諦めにウィリアムは目を閉じる。赤紫の瞳に追い詰められる獲物のような気分で。
 襟を緩められ、服の上から身体を撫でる手はこういった行為にも慣れているのだろう。吹き込まれた呼気も相俟って、ウィリアムの体奥に熱が溜まるのはとても早かった。それなのに、アルテアは未だ執拗に唇を貪っている。アルテアに唾液を啜られ、唇を甘噛みされ、押し付けられた太腿に雄を擦られて、ウィリアムはずるずると崩れ落ちてしまう。それでもアルテアは赦してくれず、薄目を明けたウィリアムの間近で悪辣な笑みを浮かべているのだ。
「良い余興だったな」
「……余興では、ない、です」
「いんや。兄弟が殺し合って、お互い最悪の選択肢を引いた後更に一族郎党が欲を出して、あのちっぽけな領土を奪い合う、これが良い余興以外の何だと言うんだ」
 余程親族同士殺し合う様子を面白がったのだろう、アルテアは機嫌良く内心を言葉に乗せた。ウィリアムとしては、最初に争いあった兄弟だけを片付けて終了にしたいと思っていたのだ。けれど。けれど、ごく僅かな財宝とも言えないような王冠に、どのような価値を見つけたのか。残された血族が王冠を巡り、殺し合ってしまったのだ。元々小さな国で、だからこそ戦火はすぐに広がり、ウィリアムが鳥籠で覆ったのだった。
「……余興には……重いでしょうに」
「さてな。暇を潰す程度にはなったか」
 血のにおいが風に漂う路地裏で、アルテアが細工を仄めかす。それもまたウィリアムの気分を落ち込ませた。人間たちに平穏な終焉を、と思っているのに、アルテアは時折こうして国を、人間を壊してしまう。たとえそれが自分の育てた人間であっても。手元に残したものなどあるのだろうか。残そうとしたものはあったのだろうか。
 何も残さない、それがアルテアの選択だったのだろうか。
 ――だからこそ、壊れずに残る自分の隣にアルテアは居てくれるのだろうか。
 口付けに潜む悪意は苦く、けれどアルテアの唇は甘く、ウィリアムを酔わせるのだった。

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