Under the Rose II


「ナカ、あつ……い……」

 思わず、といった感じで溢れた言葉にそちらを見れば、ウィリアムは身体を整える事も忘れ、力尽きたのかくたりと目を閉じていた。身体を繋げてみれば、ウィリアムも愉しんでいたようであったし、アルテア自身も案外悪くなかった、と思う相性であったので、もう暫くは楽しませもらおうと思っている。
(なるほど胎の中が熱かった、か……)
 無論高位の魔物であるからには、そういった事をする相手にも事欠きはしない。しないが、ウィリアムはと言えば派生直後に自死を選んでしまい、その後永きに渡ってただ横たわっていただけなのだった。
 であれば、他の生き物と触れ合った事もなく、快楽を受け取ったもの初めてであった事は理解できる。
 今も目を閉じて横たわっている姿は寄る方ない幼子のようだった。
 ふつりと溜息を吐き、起きたら何を食べさせてやろうかと考える。
 面倒を見ると選択したのはアルテア自身であったし、この様子を見るにウィリアムが自身の面倒を見れるようになるにも時間がかかるだろう。そう思いながら身体を清めてやり、とはいえ服は自分で着るだろうと裸のまま布団をかぶせておいてやる。
 食事を作ろうとキッチンへ移動し、手元に寄せたカッティングボードとナイフで野菜を刻み、骨付き肉に下味をつける間に焼き目をつけておいた根菜と共に鍋に入れる。生のハーブを数種類、糸でまとめて乗せ、水をひたひたに入れて弱火にかけた。くつくつと煮えるのを見ながら飲み物を準備し、皿を用意した。
 ウィリアムが目覚めたら、ポリッジを煮れば良いだろうと考える。スープとポリッジ程度であれば軽いものなので負担なく食べられるだろう。不足なら酢漬け野菜もあるし、リエットやパンもあるのだ。
 どうせあと2〜3時間ほど煮込むので、その間に部屋もさっと片付け、他の仕込みを済ませておく。
 スープの中の肉がだいぶ柔らかくなってきたのでそろそろ良いか、とウィリアムの様子を見に行くが、先程と変わらぬ位置で眠っており、どうも起きる様子が見えなかった。
「おい……起きろ、ウィリアム」
 軽く頬を叩くと、ふと目が開いた。目覚めさせた時と同じ、虚ろな色で。
 またそこからなのか、と目を眇めるアルテアを視認したのか、何度か瞬きをして視点を合わせ、ウィリアムは目覚めた。困惑した色を見て、なるほど暫く地面に寝ていたのだったと思い出す。
「何があったか覚えているな?……よし、起きろ」
 頷くのを確認し、扉を開けたまま部屋を後にする。
 目印として食堂までの扉を開け放しにして勝手に入れるようにしておき、鍋をもう一つ準備する。
 オートミールをカップで測り、鍋に入れてミルクを注ぐ。弱火でゆっくり温め、少しの塩と蜂蜜を入れた。
 服を整えたらしいウィリアムの足音に耳を澄まし、順調に近づいているのを確認する。
 スープを見て火加減を調整し、ポリッジには蕎麦粉と雑穀を足し、乾燥果物も併せて煮込むううちに、良い香りが漂い始める。肉はスープにあるから良いか、と思った辺りでぱたん、と軽い音を立てて食堂の扉を閉めたウィリアムが見えた。
「その辺に座れ。もう仕上がる」
「食事……ですか」
「それ以外に見えるか?取敢えずターフェルシュピッツとポリッジだ」
 困惑したような顔で椅子に座り、ウィリアムは対面で食事を取り分けるアルテアを見ていた。
 皿を差し出すと驚いた様子で、手を出す様子がない。
「冷めないうちに食え」
「……これを……俺に?」
「文句は受付けんぞ」
「そういう訳ではないんです。ただ……ここまで、してくれるとは……思っていなくて」
 対価を取られるのを警戒しているのか、ウィリアムはカトラリーに手を伸ばす様子もない。ここまで来たのだ、どうなろうと同じことだとスプーンを手にしたアルテアは、自分の皿からポリッジを掬い、対面のウィリアムの口に挿し入れた。
 驚いたのか目を瞠るが、味は気に入ったのか無言で咀嚼している。もう一口、更に一口、と戸惑った様子のウィリアムの口に入れてやると、鳥の雛ででもあるかのように素直に食べている。餌付け、と頭に浮かんだが、事実その通りなのだろう。
 さて巣立つまでに何年かかるやら、と思いながらポリッジが空になるまで食べさせ、次はスープだな、と思った所でウィリアムが戸惑ったように口を開いた。
「美味しい、ですね……」
「それはそうだろう、俺が作ったからな」
「あなたが作ったんですね……」
 ふと目許を緩め、ウィリアムがスプーンを手に取る。アルテアを見て僅かに微笑み、頭を下げた。
「ありがとうございます」
 辿々しさもなく、溢れた言葉に裏はないようで、それ以降のウィリアムは静かに食事を摂っていた。動きも滑らかで、なるほどこれが本来の終焉の魔物か、と食事をする姿の優雅さに納得する。スープを一口飲み、気に入ったようですぐにスープボウルを空にしていたので、手を伸ばして皿をよこせ、と身振りで伝えると、素直に手渡してきた。なるほどずっと死人のように横たわってはいたものの、生きていたのだ。それは空腹だろう、とスープを取り分けて差し出せば、ポリッジの皿も空になっている。動きの優雅さに紛れているが、食べる速度は早かったようだ。
「そうだな、暫くは面倒を見てやる。………対価は取るがな」
「そう、ですね……お願いします」
 素直に頷くウィリアムはどことなく嬉しそうに表情を緩めていた。食事と世話の分の対価を取るとは言ったはずが、なるほど世話をされるのも初めての事。ならばせいぜい世界を教えてやろうとアルテアは思う。その上で、この世界でどのような終焉を敷くのか、どのように魔術を展開するのか。それを隣で見てやろう。必要とあれば手を貸すのも吝かではない。無論対価は取るにしても。
 そう、対価の支払いを了承したのだ、ウィリアムは。余計な世話だと跳ね除けることもせず、抱かれる事を受け入れていた。自分より先に派生して、一体何を見たのか。何を思って自刃したのか。
 それは追々聞くとしよう。
 アルテアはそう思いながら、鍋を空にするまでウィリアムに付き添ってやったのだった。

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