秘め事無配用SS
恋情というものは、呆気なくこの身の上を滑り落ちて行く。それを囁きかける者たちも、同様に。
だから、ウィリアムには一時の喧騒と同じようにしか思っていなかったのだ。アルテアにとっても、己にとっても。ただ蝶が花に集って蜜を吸うように。そして儚く砕け落ちては、新たに生まれ出る。だからこそ数多の者たちがそれを簡単に差し出し、払われて泣くのだろう。更にはその泣く姿で、他の蜜を誘き寄せるかのように。
だから、ウィリアムは誰に言い寄られても、感情が動かなかったのかも知れない。今迄に見てきた者たちが、いかに簡単に恋情をその手に乗せて差し出し、気を引こうとしてきたかを見ていたから。階位が低すぎれば勝手に壊れたし、あまりにしつこい場合は自分から壊してしまった。
それは欲しいと思わない、思う事もない、あくまで他人の身勝手であった。
ウィリアムの欲しいものは、簡単に壊れないものだったのだから。
ただいつでも手を伸ばせばそこにあり、ウィリアムを厭わず、嫌わず、否定しないものを。普遍的な愛情というものを。
望んで手に入るものではない、それは知っていた。魔物の間では恩寵を手に入れるには奇跡が必要だ、とか嘯くものが現れてしまうほどに。そう、恩寵だ。ウィリアムが触れても損なわれず、慈しめるもの。同じだけ思ってくれる相手。
そんな相手が、終焉の魔物であるこの身に現れるなど、あり得ないと、そう思っていたのだ。
それは朧な記憶の中、自刃して倒れている間に、夢のようにウィリアムに触れては流れていった夢の一つだったのだろう。今はもう、日々鳥籠の中で刃を振るい、命を刈り取るだけの日常に紛れてしまい、考えに上る事もないものだった。
けれど、時折棘のように疼いた。手に入る事のない、恩寵。
それはきっと、疲れて戻るウィリアムに、夕食を作ってくれたり、話しかけてくれたり、酒の相手をしてくれたりするのだろう。
…………目の前にいる、アルテアのように。
何故、アルテアはウィリアムを起こしたのか。何故、傷を修復し、食餌を与え、教え導いたのか。捨て置いても良かったはずなのに、なぜ。
心臓が、跳ねた。
冷えた胸の奥に、赤い火が灯る。それはアルテアの瞳の色をして咲き誇る。
一生に、一度の恋をした。どうしても、この目が姿を追ってしまう。悪辣だと言われるやり口も、鳥籠を展開する羽目になる案件を増やしてウィリアムを苛々させる事も、近くで見ていたから良く知っている。
けれど、その裏で自分を助け起こしてくれた面倒見の良さも知っていた。
最初から最後まで一人だと、そう絶望して自刃したはず、だった。それを助け起こし、傷を修復し、食餌だけではなく、親密な体温まで与えてくれたアルテアに。
思いを告げたら、どんな顔をするのだろう。朗らかに拒むか、ここぞとばかりに苛むのか、それとも――
――それとも、受け入れてくれるのだろうか。
今はまだ、対価の支払いとしてしか、見てはもらえないとしても。いつか、こちらを向いてもらえるのだろうか。どうしたらこちらを向いてくれるのだろうか。
少なくとも対価の支払いが終わるまでの間は、傍に居てくれるのだろう。支払いが終わったら、その時は――