何を思ったのか、何を見たのか。
自らの喉を突いて、自死を選んだ終焉の魔物は、その血と想いの裔として、選択の魔物と、欲望の魔物の派生を形作った。
意識と存在の有り様を選択し、顕現した先に倒れ伏す白い姿に長い髪を払い、アルテアは一つため息を落とす。
「それで、崩壊もせずこいつはこのままという事か」
「そう、だね。派生した直後だったけれど……」
「死を望むというのは果たして欲望と言えるのでしょうかね」
長い髪の高位の魔物が三者三様に、声を上げる。死のうとして死にきれず、崩壊しないままの終焉の魔物の傍で。流れた血は高位の魔物たちがいるためか、奪いに来る者も、そもそも奪える者もなく、大地に滲みていた。
他の生き物たちも派生が始まり、善きも悪しきも命が地に充ちるまで。
流れる血は細々と大地を濡らし続け、終焉の魔物の首筋を真紅で彩っていた。
どれだけの時間が過ぎたのか、それでも死にきれないのは終焉故なのだろう。
生も死も、あるがままであった時代。死者の行先を定めてすらいない、原初の世界。だからと言って、このまま崩壊されたのでは作り出したものの意味すら失ってしまう。
で、あれば。
「シルハーン、こいつを借りるぞ」
「連れて行ってしまうのかい?」
「……このまま置いておいても邪魔になるだろうが。……まずは起こすところからだな」
抱え起こして岩に凭れさせ、首の傷に手を触れて修復する。
どれだけ頑丈なのか。死ぬはずの傷でも死なない、王族位の魔物。
高位の存在である自身もまた、そうなのだろうとうんざりと思う。
派生した先から死を望む、その意味を。
「いっそ哀れと言うべきなのか? なあ、ウィリアム」
暫くの後、瞼が震え、白い睫毛の影で曖昧な色の瞳がゆるく世界を視た。
視てはいるのに、何も映さない虚な瞳が淡く光を集めている。
返事はない。息もしているのか、していないのか。これでは死体と変わらないのではないか。
動けるはずが動きもせず、手をかけても何の選択も見せない様に苛立ち、その背を蹴った。
「……ったく。足元に転がってるのか、立ち上がって動くのかどっちかにしろ」
蹴られた事に驚いたのか、呆然と目を瞠り、けれど身体を強ばらせたまま崩れ落ちる。
それはそうだろう、と溜息を一つ落とす。どれだけの時間、倒れ臥していたのかを考えれば、動けないもの納得だ。
再び力を失った身体を抱え上げ、まだ何もない世界で自ら形作った城へ運び込んだ。
力なく、運ばれるがままではあったが、身体には温もりが残っている。死にたくて自死し、それでも死にきれない程の高位の魔物。 寝台に横たえ、ふと思う。自分の生き死にの選択すらままならない、という事に。
ここからどう力を振るえば良いのか。それは生まれ落ちる際……顕現した際に、知識として内包していた。服に染みた血を戻し、ただ眠っているだけのよう見えるまで、丁寧に痕跡を確認し。
「こんなものか。いい加減に目を覚ませ」
顎を掴み、持ち上げる。閉じられた瞼は微動だにせず、身体の温もりがなければ、そのまま死んでいると言われても疑わないだろう程に、ただ静かにウィリアムは動かない。
ふ、と息を吐き、唇を合わせる。呼気を吹き込み、選択する。
「お前は……死なない。死ねないだろう、ウィリアム? ……俺が、そう選択したんだからな」
左手に握った長い髪を魔力の刃でぶつりと断ち落とし、これから使う魔術への対価として変換させ、そして選択肢を手にする。終焉の魔物は死なず、崩壊せず、そして意志を取り戻す、と。
大きく切り出した魔術が動く。手にした髪が魔力の煌めきとして散り、願いにも似た選択肢は世界を動かし、そして。
そして、目覚める。死者の王が。
こほ、と。咳き込むような息を吐き、震える睫毛の奥、光の入らない瞳がアルテアを映した。
初めて間近に見る、冬の月にも似た白金色の瞳が、虚ろな視線を返してくる。
数度、瞬きを繰り返し、枯れた声で何かを呟いた。
そういえば派生後、長いこと死人のようだった、と思い出し、抱き起こして水を差し出せば、震えを帯びた手を持ち上げようとし、失敗したのかぱたりと力ない手が落ちた。形は大きいくせに、寄る方ない幼な子のような動きをする。そうだ、こいつは自死を選んだのだ、と改めて思い至る。
「まだ上手く動けない、か。大人しくしていろよ?」
水を口に含み、唇を重ねた。拒否する動きがないままに、舌先で唇を割り開き、口移しに水を含ませる。
静謐な魔術の香りが微かに鼻腔を擽った。こくりと飲み込む動きに合わせ、呼気を吹き込む。
唇の端から溢れた水を舐め取り、もう一度唇を重ねて呼気を吹き込む。何度か繰り返すと、徐々に体温が上がり始めるのが感じられた。
ふ、と息を吐き、ゆっくりと白金の瞳が瞬く。僅かに意志の色を見せ、アルテアを捕捉する。
物問いたげな視線に、ふと嗜虐心が疼いた。
「漸くお目覚め、というところか?」
「…………こ、こ……は……」
「俺の城だな。自己紹介が必要か?」
静かな瞬きに、不要だという応えを読み取る。
低く穏やかな声は中々良いのだが、力がない。身体も上手く動かないのであれば、暫くは養ってやるしかないのだろう。
幸いにも未だ産まれたばかりの世界に、そこまでの騒動の種は転がっていない。であれば、暇つぶしに手をかけてやるのも良いかとふと考えた。
「…………そうだな、お前の傷は修復したし、血も戻してやった。その対価は取るからな?」
「……たいか……払える物は、何も……」
「ほう? 払う気はあるのか。そうだな……それなら」
先程から幾度か、呼気を吹き込んでも拒む様子はない。であれば。
顎を掴み、唇を寄せる。僅かに白金の目を瞠るが、身動ぎすらしない。なので呼気を吹き込み、深く唇を合わせた。
態と目を閉じず、視線を合わせながら舌を絡め、ゆっくりと口腔を舐め回してやれば、瞠った目が驚きの色を宿し、けれど諦めたように閉じられた。
この行為の意味は知っているはずが、稚い迷い子のような表情に、ぞくりと背筋を欲情が這い上る。
歯列をなぞり、口蓋を擽り、舌先を吸って軽く歯を立てると、息苦しいのか眉を寄せる。
寝台に引き倒し、覆い被さるが、やはり拒む気配すらなく、ただ大人しくされるがままのウィリアムに、アルテアは諦観を見た気がした。何をしようと、全ては終焉に向かうのだ、と。そしてそれを一人引き受けるのが、終焉の魔物であると。
それならば、気を逸らしてやろうと思う。死の王が死に使われて如何するつもりか、と。
口付けの合間に、角度を変える際に息をするのだ、と教えてやる。次の口付けでは覚えたのか、はくはくと淡く息をしていた。首筋を撫でてやれば擽ったそうにするので、それは快楽の目覚めだと吹き込んでやる。服を剥いて肌に触れると、驚いたようにウィリアムの指先が跳ねた。けれど困惑したような反応もそれっきりで、全てを受け入れ、何も選択せず、流している。
よくもこの自分の前で無様を晒すものだ、と指先に力が篭る。ならば選択させてやろう、とアルテアは思った。
まずは、と服を全て剥ぎ取る。その上で全身に隈なく触れ、弛まず呼気を吹き込んでやる。徐々に熱を持つ身体は、それでも自分から動こうとはせず、時折反射的にひくりと身体を震わせるだけで、未だに選択をする気配が見えない。
首筋に噛み跡を残し、耳朶に唇を落とす。そして。
「お前は……嫌ではないのか?」
「たいか、と……」
「そう、か……なら遠慮はせんぞ」
まだ上手く話せないのか、拙い口調でそれでも律儀に答えるこの魔物は、おそらく性格も律儀なのだろう、と思わせる声色で、静謐な表情を崩さない。それを突き崩すように、白い肌に愛撫を重ねる。
愉しめば良いのだ。例え終焉を齎すしか出来ないにせよ、その司るものの王なのだから。資質に隷属するのではなく、資質を隷属させるためにも。
横たわるウィリアムの肌を軽く咬み、舐める。吸い跡を残し、指先で撫でる。僅かでも反応を返す場所を執拗に撫で、揉み、甘噛みしてやる。
徐々に息が上がるので、そちらの反応は悪くはないのだろう。
そのうちに目許にも赤味が差し、僅かに視線が揺れる。
触れるうちに解った、悦い場所に歯型がつくほどきつく噛み付けば、とうとう微かな声が漏れるのが聴こえた。
「なんだ、声が出せるじゃないか」
「…………こ、え……?」
「そうだ。悦いのなら悦いと言え。そうしたら……そうだな、可愛がってもやろうさ」
唇の端を持ち上げると、怯んだような目を向けられ、嗜虐心は尚も滾る。噛み跡を指先で辿れば震える肌が赤みを帯びた。手を伸ばせ、その選択肢を掴み取れ、と思いながら指先をウィリアムの唇に触れさせる。撫でながら割り開き、舌先を嬲る。唾液を絡め取り、僅かに泡立つそれを纏った指で腹を辿る。淡い下生えの中、僅かに兆した雄の先端を撫で、ひくりと反応した内腿を肩に担い、開いた脚の間を探る。指先を挿れれば、流石に驚いたらしく目を見開くが、それ以上の、拒むような反応は見られない。であれば、言葉の通り受け入れると選択したのだろう。対価を支払う、と。
それならば、とアルテアは遠慮せず侵略を始めた。
とろりとしたシロップのような、甘い香りの潤滑剤を取り出す。手のひらに垂らし、体温を移してから塗りつける。
緩く擦り付け、指先が侵食を始めると、腕の中の身体がふるりと震えた。
「痛むならそう言え。……そうだな、もう少し手加減してやる」
「いた、くは、ない……けれど……」
異物感が強いのか、ウィリアムは眉を寄せるが、痛まないのなら、とアルテアは更に指を奥に進め、内壁を緩く撫で回す。力のない身体が、それでも僅かに反応する場所を丁寧に撫でて慣らし、指を広げて中を寛げる。
潤滑剤が体熱で香りを強め、滑らかさを増す。入り口を丁寧に解しながら、前を撫でてやれば、流石に驚いたのか、内腿が跳ねる。
「……あ……?」
「ほう。流石にここはそうなるか…………他も覚えろよ?」
丁寧に首筋から鎖骨、胸元から腹へと肌を撫で、下を寛げる違和感から感覚を逸らしてやりながらその体を慣らす。
じわじわと緩い快楽が身体の奥に溜まるのか、ウィリアムの身じろぎが増え、視線を彷徨わせている。
胎内に挿れた指先が触れた所が悦かったのか、ひくりと息を飲むのが判る。幾度か指先で撫でれば、兆しを見せていた雄が徐々に膨らんで勃ち上がり、先端に雫を滲ませる。
合間に口付けを交わし、呼気を吹き込めば、身体は素直に応えてくる。けれどウィリアムの瞳は未だ虚ろな色を見せ、与えられるだけの快楽が波紋を投げかけても波を立てる事も、渦巻く事もなく静かに受け入れるだけだった。
これでは選択も何もない、未だ死人も同然ではないか、とアルテアは内心の苛立ちに眉を顰める。
それならば生き還るほどの快楽を与えてやろうと唇の端を持ち上げた。
「そろそろ慣れたな? ……ウィリアム、対価をもらうぞ」
開いた脚の奥に自身の雄を押し当て、ぐい、と押し込む。潤滑剤の滑りがあっても、慣らしたはずのそこは狭くてきつい。息を呑む気配に視線を上げれば、漸く真っ直ぐにこちらを見るウィリアムと視線があった。
困惑と、僅かに痛むのか、苦痛の色が見えた。けれど構わず腰を進める。ちゅぷ、と粘着く水音を立ててウィリアムの胎内に飲み込ませた雄は、ひくひくと震える内壁に阻まれ、けれど奥へ誘われる。
「…………っふ、……う……」
時間をかけて全部を飲み込ませれば、息を詰めていたのか、ウィリアムが吐息を零す。兆していた雄も挿入感に怯えたように鎮まっており、小刻みな呼吸に合わせるように、時折ひくりと跳ねていた。
この状態で動いても悦くはないだろうと判断し、アルテアは再び愛撫を与える。頬を撫で、唇をなぞり、首筋から鎖骨へと辿った掌で胸を掴み、先端を緩く捏ねる。合間に落とす口付けで舌を絡め取り、口蓋を擽り、舌先を喰む。繰り返し、その行為を教え込むように。浅い快楽を溜め込むように、何度でも。僅かに腰を引けば、悦い所に当たったのか、僅かに仰反る。何度か繰り返しその場所を擦れば、過たずウィリアムの身体が反応を返した。
「そうか、中の方が悦いんだな? ……それとも、やめておくか?」
弄うように選択肢を示すが、流石に初めての事だからなのか、けれど痛いとも苦しいとも言わず、自ら選択した訳でもないこの情交にウィリアムは困惑の表情を浮かべる。
「たい、かを…………もらう、と……」
「…………そうだな、お前は支払いを選んだのだったな…………なら慣れろ。そして悦がって見せろ、俺を愉しませる為にな」
浅い抽送から深い抽送へと動きを変え、アルテアはウィリアムの膝裏を抱え上げ、胸元に押し付けて胎の奥まで突き入れる。引き際に悦い場所をごりごりと擦り上げ、押し込んで最奥を突き上げれば、激しくなった動きに怯えたような瞳が見えた。内臓を押されて息苦しいのか、目許を潤ませ、はくはくと息を継いでいる。まだ快楽には遠いか、と乳首を指先で捏ねれば、確かに快楽の萌芽はあるのだろう、内壁がひくりと拍動し、アルテアを締め付けた。ならばと胸の肉を掴み、掌で撫であげる。同時に最奥まで飲み込ませて奥を捏ね回すように動けば、喉の奥で苦鳴が上がる。
「まだ奥は悦くないか…………浅い所なら悦いんだろう?」
「ふ、ぁ…………わ、からな……くるし……」
息を継ぐにも苦労しているのか、悦楽よりも苦しいという訴えが勝っている。けれど持ち合わせた体格は変えようがないし、何より支払う選択をしたのはウィリアムなのだ。であれば、このまま慣らすのも吝かではない。
アルテアの考えを知る由もなく、ウィリアムはその熱と質量に振り回される。
苦しいだけではなく、痛いだけでもない。けれど初めて受け取る、この熱と質量は知らない感覚を湧き出させるので、目覚めたばかりのウィリアムの手に負えないのだ。喚き散らしたくなるような感覚と、内側から破裂しそうな感覚がアルテアを受け入れた胎の奥から湧いてきて、頭の中を掻き回されているかのように思えた。
押し込まれた内臓と口を塞がれた苦しさに涙が滲み、抱き竦められて伝わる熱に背筋がぞくぞくとする。
浅い所を何度も擦られれば自分の胎内が蠢いてしまうのも理解したし、噛みつかれると内壁がきゅう、と締まるのも解ってしまう。呆然としながらも身体の熱が上がるのを知り、追い詰められた感覚が脳髄を焼くようだった。
「……っあ、は………」
「そうだ。力を抜いておけ。まだ先は長いぞ?」
潤滑剤の甘い香りの他に、苦さを内包した果実の香りがする。眼前には酷薄な笑みを浮かべたアルテアが、体重をかけて身体を折り曲げて、そして。
「んあ、ふ……う……」
口付けは甘く蕩ける。
「く、ぅ……はぁ、あ……」
身体に触れる手は暖かで。
「ある、て、あ………」
胎の中を出入りする雄は熱くて。
獲物を捕食するかのような目の、アルテアが。
「悦くなってきたか?」
この感覚を悦いというのなら。身体の奥から湧き出るこれは。思わず助けを求めてしまいそうになる、この大きな感覚は。堰き止められず溢れてしまう、体奥の、熱。
まだ良く動かない腕を上げ、アルテアにしがみ付く。背に腕を回し、湧き出た津波に流されないように。
けれどその大きな波を齎したのはアルテアで、少しも助けてくれようとはせず、尚も抽送を続けている。湧き上がるものの大きさが恐ろしい、怖い、どうしたら良いかわからない。声を上げる積もりはなかったのに、悲鳴をあげてしまう。塞がれてくぐもった声が、アルテアの嗤いに吸い込まれる。
びくびくと身体が跳ね、そして。
体奥に、熱が吐き出された。
「――――っ」
ふ、とアルテアが吐息を零し、身体を離す。
ずるりと抜け出る他人の熱に、惜しいと思ってしまい、ウィリアムはくたりと寝台に身体を沈める。
もう動く力も残っていないほど疲れさせられ、声も枯れそうなのだった。
「ナカ、あつ……い……」
切れ切れに呟き、胎の奥に吐き出された熱を鎮めるように手を当てる。触れたのは自分の身体だというのに、他人のような熱さで言う事を聞いてくれないのだ。
散々擦られた場所も潤んで熱を帯び、唇も腫れぼったい。けれどこれを対価というアルテアが、それでも良いというのなら。
支払いが終わるまで、この身体を差し出そう、と微睡に飲まれながらウィリアムは思ったのだった。