君に届け

 肌寒い日が増えてきたリーエンベルクで、エーダリアは思う。
 自分の貰った守護の指輪の煌めきに、その守りの潤沢さと贅沢さを。ここに来るまでどれだけ泥濘の中を這い回り、苦汁を舐めた事か。
 そしてその指輪を持てたことの意味を、その幸運を。

 あんなにも自然に嵌められた指輪なのだ。けれど、どれだけの思いを籠めてくれたのだろう。
 少しでも返せないかと、あれこれ考えてはいるのだが、どうもエーダリアには良い考えが浮かんでこない。
 せめて何が欲しいのか、それだけでも解れば良いのに、と思う。

 ヒルドもノアベルトも、少しでも大事にしたい大切な家族なのだ。
 だが、とりわけヒルドはあまり多くを望まないように思う。例えばノアベルトが過日の誕生祝いにリンデルを望んだように、ヒルドはそれを望まないのだろうか。

「む?エーダリア様が考え込んでいます」

 暫くの間考え込んでいたところ、通り掛かったネアに目を留められたようで、声をかけられる。
 そうだ、ディノであればこの企みを、ヒルドのような高位の妖精相手でも隠し通せると閃き、視線を返す。

「ネア……少しの間、ディノを借りても良いだろうか?」
「む?ディノだけなのです?」
「その……少し繊細な問題を含んでいるのだ。お前に何らかの影響があっては困るだろう?」
「なるほど、それではディノに伝えてきます。こちらのお部屋で宜しいですか?」
「ああ、すまないな。終わったらそちらに連絡しよう」
「大丈夫ですよ。リーエンベルクからは出ないのでしょう?」

 こくりと頷いたエーダリアに微笑み、ネアは踵を返した。そう時間をかけずディノはこちらに来てくれるだろうし、ノアベルトは狐の姿で足元にいるので、後で人型を取って貰えば良いだろう。
 ヒルドの好む模様は直に聞くべきか、それとも……。

「エーダリア?」

 考えを巡らせている間にディノが顔を出してくれたので、慌てて立ち上がり、出迎える。

「ディノ、わざわざ呼び出してしまってすまない。……その、相談に乗っはてもらえぬだろうか」
「君が相談?ノアベルトはどうしたのだろう」
「ノアベルトにも合わせて相談に乗ってもらおうとは思っているのだが、今はまだ…きつねのようだ……」

 足元に駆け寄ってきた毛玉を拾い上げ、腕に抱いて背中をぽんぽんと叩けば青紫の瞳は大好きな2人に囲まれたぞ、と喜びに輝いている。そうだけれどそうではないのだ。今は人型のノアベルトの知恵を借りたいのだ。

「ノアベルトが……」
「その……人型に戻ってはもらえぬだろうか。相談したい事があるのだが」

 首を傾げた狐が、エーダリアの腕からぴょいと飛び降り、ぽふんと人型に戻る。
 半分ほどくしゃくしゃになっていたディノが復活し、エーダリアも安堵の息を漏らす。

「相談があるんだって?シルと僕だと、世界を支配するとかそういう感じ?」
「世界を………ネアが欲しがるなら全部あげても良いかな……」
「い、いや、そうではないのだ。その……ここでの話を誰にも聞かれないようにした上で、相談したいのだが……」
「ありゃ、エーダリアは世界はいらないのかぁ……じゃあまだバーンディアは生かしておこうかな」
「ノアベルト……私は世界はいらない、が………リーエンベルクが、この国が、いつまでもこうして平和であってくれたら、とは思う」
「そうだね、ネアもそれを望んでいる。このままの状態を維持出来た方が良いのではないかな」

 会話の合間にたちまち音の壁が構築され、それも王と元王族の魔物の二人がかりであったため、どこのものより強力なものが出来上がる。
 相談とは関係のない方向へ走る話題の舵を取りつつ、エーダリアは話を始めた。
 いわく、アルテアに続きノアベルトもリンデルを手に入れたこと、大いに照れながら自分もまた守護の指輪を贈られた事、その上でヒルドはそう言ったものを望むでもなく、他の何かを欲しがるでもないという事を。

「なので、その……だな、ヒルドにもリンデルを贈れたら、と思ったのだ」
「うんうん、そりゃいいや!僕もリンデルで幸せになっちゃったからね、ヒルドもきっとそうなると思うよ」
「指輪でいいかな……」
「シル、それはネアにだけだよね!? 今回はヒルドの事だからさ」
「……ネアにしか贈らないよ」
「ヒルドへの守護や、好みの模様もあるだろう。けれどネアに相談して、結果的にネアから指輪を贈ってしまう形になっては大変な事になるだろうと思ったのだ。ディノとノアベルトに限定したのは、そう言った意味もあるのだが……」

 魔物二名は揃って頷き、それではどのような守護をかけるか、という方向で会話を始めてしまったが、問題はむしろ好みの模様の方なのだ。守護は潤沢にかける方向で想定しているのだが、鳩の紋章を入れるかいやそれでは婚姻を結ぶ事に成るのではないか、と様々な問題が大小取り混ぜて山のように出てくる。
 かと言って勝手に決めてしまい、後々模様が気に入らないものであっても困るのだ。身に付けて、護るための道具なのだから。そう思ってはいるのだが、流石に高位の魔物の会話に出てくる魔術の運用にはメモを手に聞き入ってしまったのだった。
 結果的に、まずエーダリアが禁足地の森に生えている木々を調べる、という目的でヒルドと共に木々の種類をまとめ、それへの反応を元にヒルドの好むような木を調べ、それに合わせてヒルドの持ち合わせる資質である湖と、何よりこの大事な家族たちの住む場所であるリーエンベルクにしよう、という事に決まった。

「でもさ、僕思うんだけど。エーダリアはヒルドに隠し事って出来るのかな……」
「出来ないんじゃないかな……」
「わーお、やっぱりシルもそう思うよね?」
「い、いや、私は……隠し通したいとは思うのだが……」
「うーん、シルだと組み合わせが不自然だし、エーダリアは隠し通せないし、僕は……」
「ノアベルトとて、問い詰められたら白状するのではないか……」

 ネアならば上手く聞き出せる気はするのだが、今回は禁じ手なのだった。
 であれば、やはり自分がどうにか聞き出すべきなのだろうか、とエーダリアが思ったところで。

「あ、そうか。散歩に行けばいいんじゃないかな」
「ノアベルトが………」
「そうか、狐の散歩であればヒルドと共に行く言い訳が立つのだな!」

 呆気なく片付いた問題にそれぞれ安堵した様子を見せ、日時を調整して解散した後は、各々が家族と共に過ごそうと、自分の部屋に戻ったのだった。

 後日、狐の散歩と称して連れ出されたヒルドは、木の種類についての質問ばかりするという様子のおかしいエーダリアを問い詰めたものの、銀狐が水たまりに飛び込んだせいで有耶無耶にされてしまい、結果としてある日ある時にノアベルトとエーダリアの二人が緊張で凝り固まった様子で差し出された小箱に、大いに驚かされたのだった。
 その時のヒルドの様子は、ぶわりと広がった羽に美しい光を走らせ、言葉もなくただ眼前の二人を見つめていたのだが、少し指先が震えているように見えたのだった。
 けれど雰囲気をぶち壊しにする塩の魔物の言に自分を取り戻したようで、それでも機嫌の良さそうな表情を見せる。

「求婚になっちゃってない?大丈夫?」
「ネイ、その場合私はあなたがた二人を娶る事になるのでしょうか。……エーダリア様、そのように固まらずとも娶ったりしませんからね?」
「い、いや、その……だな、ヒルドには羽の庇護をしたネアがいるのでな、求婚にはならないのではないかと思ったのだ」
「あ、そっか。でもそれって夫側として、だよね?妻側として僕達の庇護下に……」
「ネイ?」
「ごめんなさい」

 塩の魔物を叱りつつも、その表情がやわらかなのは、リンデルを気に入ってくれたから、だろうか。
 そう思うと、エーダリアは今後もこの穏やかな生活が続くよう、そっと祈った。

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