「…………その、ノアベルト、脱がないようにするのだぞ?」
「……………ありゃ。脱いじゃ駄目だったっけ?」
駄目かぁ、と言いがらもボタンを外し、ノアベルトはにこにこしながら服を脱ぎ捨てようとしていた。
アルテアの誕生日に、酔って浮かれている。
そこまで仲が良かったのだろうか、と思いつつヒルドはそちらの対応をする事にした。
「エーダリア様、続きをどうぞ。シャツのボタンは、私が閉めておきます」
「わーお。僕、ヒルドにも大事にされているぞ」
「はいはい……………」
困惑に少し傾きながらもノアベルトの服を直そうとし、けれどノアベルトがふわふわと酩酊のままに、ヒルドの閉めたボタンを片っ端から外している。
「…………服を直す気はないのですか?」
「なんかさ、僕……うん、嬉しいんだと思う。ネアがいて、シルがいて、ヒルドもエーダリアもいるんだ。ここが僕の家でさ、ネアの使い魔になったアルテアのお祝いしてて…………ずっと一緒にお祝いしてくれるって約束も出来たし、気持ち良くなっちゃったよね」
へらりと笑い、けれど手元はヒルドとの攻防を続けている。
これはもう故意なのではないか、と眉を上げれば、青紫の瞳をきらきらと輝かせてこちらを見ているではないか。
「まったくもう、貴方は………」
「ヒルドも脱いだらいいんじゃないかな」
「やめて頂きたい」
「ありゃ……即答だぞ」
これ以上脱ぐのなら隔離しますよ、と叱ってみれば素直に頷くので、少し離れた衝立の影に誘導する。
甘えられているのだろうとは解っていた。何しろ銀狐の状態だととても分かり易くくっついてくるし、ボールを押しつけてくるし、何より寝床にまで入り込んでくるのだから。
それが人型を取れる高位の魔物であっても、と複雑な感情に苦笑するが、酔っ払うと箍が外れてしまうのだろうか。
「その手を離して…………そう。ボタンを外さないように」
「脱ぐと開放感があるんだよね…………ヒルドも脱げばわかるんじゃないかな」
自分の服ではなく、ヒルドの服のボタンに手を伸ばし、ぷちぷちと外すのを呆然と見やり、慌ててノアベルトの服のボタンを止めると、半分剥かれた自分の服を取り返した。
「ネイ、酔い覚ましを飲みましょうか」
「わーお、怒られたぞ…………開放感が気分いいんだけどな」
「私にその趣味はありませんよ。さ、戻りますか?」
視線で促すと、まだぽわりとした表情のノアベルトが袖を掴む。
エーダリアやネアにされるのとは違い、少し困惑するので対応に困ると思いながら向き合うと、おずおずと言葉を紡いだ。
「ヒルドもさ、ずっと…………一緒に居てくれるよね」
「それは……別に構わない、と言ったはずですよ?」
「うん、そうなんだけど…………そうじゃなくてさ…………」
「エーダリア様も一緒に居ると思いますよ」
「うん……」
「ネア様も、ディノ様も、アルテア様やウィリアム様も、騎士棟の皆もそうでしょうね。…………まだ足りませんか?」
ほろりと。綻ぶようにノアベルトが笑う。
ディノ程ではないにせよ、足元から白い薔薇が育ち、花開く。目許を潤ませたままにヒルドの袖を引き、肩に顔を埋める。ひく、と喉がなり、ノアベルトが泣いてしまった事がわかった。
ネアやエーダリア、あるいは狐の姿であれば撫でるところだが、これは長命高位な魔物なのだ。なのだが。
「わーお。…………わーお」
「ネイ、口を噤みなさい」
「………うん、そうしたらまた………撫でてくれるのかな」
「さて、どうでしょうね」
「もっと撫でてよ。僕は君の友人なんだからさ」
「対価を取りましょうか?」
「今ならなんでも支払っちゃいそうだよね」
離れもせず、今度はくすくすと笑い始め、あまつさえ抱き着いてきたので取敢えず剥がそうとするものの、酔っ払いはどうにも離れないのだ。手酷く扱うには、あまりに幸せそうな顔で笑っているのだ。さてどうしたものか、とヒルドは途方に暮れる。
「最初の対価だよ」
ふ、と唇に触れる熱。
反射的に殴り倒してしまったものの、これは。
「家族相当の祝福……ですか」
「………うん………何かあったらさ、やっぱり困るからね。あ、エーダリアにも後でしておくから」
「エーダリア様にも………」
「だってさ、ほら、いつも僕のこと可愛がって大事にしてくれるし……ヒルドもだけど」
床から高位の魔物が目許を染めて見上げて来るのだ。その視線の高さは、あの狐と同じくらいで。ああ確かにあの狐である、とヒルドは結論を出した。
であれば、甘えてきた際に撫でるのも吝かではない。そう結論付けて、ノアベルトの手を取り引き起こした。
直後に再び服を脱ぎ出したので、また最初からボタンを止める事になったのはご愛嬌なのだろうか。